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50歳を目前に気づいた「フロー状態」。人生の“後半”を楽しむための最強の思考法

思考の秘密基地
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50歳を目前に控え、「人生、もうこんなものか」と守りに入っていませんか?
周囲が「落ち着いて」いくように見える中で、自分だけ「グラフが上がっている」と感じる、熱いモチベーション。

その感覚の正体は、義務感からくる「我武者羅(ガムシャラ)」な頑張りではなく、時間を忘れて没入する純粋な「フロー状態」への渇望でした。

これは、人生の後半戦を”楽しみ尽くす”ために、「フロー状態」をどう見つけるかを探求する、私の「思考の秘密基地」です。

「落ち着く」か? それとも「上がる」か?

50歳という年齢が目前になると、「人生、もうこんなものか」と、どこか『落ち着いて』しまいそうな感覚に襲われることがある。

世間一般でも、この年齢は「守りに入る時期」と見られがちだ。
思考は「未来への心配」や「過去の安定」に向かいがちで、『今、何かに夢中になる』というエネルギーが減速していく。

しかし、本当にそうだろうか?

翻って、私自身の内面を見てみる。
50歳を目前にしても、何かに挑戦したいというモチベーションは落ちるどころか、むしろ「グラフが上がっている」と感じている自分がいる。

この、世間一般のイメージと、自分の中にある感覚との『差』は、一体どこから来るのだろう?

探求した結果、私は一つの答えにたどり着いた。 それは、『今、ここに没頭する力』、つまり『フロー状態』の大切さに気づいたからだ。

この記事では、人生の後半戦を『落ち着いて』終えるのではなく、『楽しみ尽くす』ための最強の思考法について、私の思考秘密基地(このブログ)で探求していきたい。

「〜しなきゃ」という“我武者羅(ガムシャラ)”の正体

「グラフが上がっている」とは言ったものの、私自身、完璧に人生を楽しめているわけではない。

むしろ、これまでの人生を振り返ると、年齢に関わらず「我武者羅(ガムシャラ)」に走ってきた時間が長かったように思う。

「仕事を片付けなきゃ」 「個人事業主になったから収入を得なきゃ」

この「〜しなきゃ」という義務感や焦りをガソリンにして走ってきた。
確かに「我武者羅(ガムシャラ)」に頑張れば、仕事は片付くし、収入も得られる。
しかし、その後に残るのは「疲労感」と「(次も頑張らねばという)安堵」だけ。

ふと、違和感が湧いた。
「あれ、俺、人生楽しんでるか?」「自分のグラフが上がってる感覚って、これだっけ?」

人生本来の楽しさや、時間を忘れるほどの充実感は、この「〜しなきゃ」の先には無いんじゃないか。
本当の充実は、「楽しいから、ついやってしまう」「時間を忘れて没頭していた」という『フロー状態』の中にこそあるはずだ。

正直に言おう。
私は「最近フローを体験していない」。

だからこそ、強く思う。
人生の後半戦を本当に楽しむためには、この「フロー状態」を意識的に取り戻すことが、何よりも重要だと。

なぜ俺は、あれほど「フロー状態」に惹かれるのか?

では、なぜそこまで「フロー状態」に惹かれるのか。

それは、フローが「確固たる自信」を育ててくれると確信しているからだ。

「我武者羅(〜しなきゃ)」をクリアして得られる自信は、「結果」に左右される。
仕事がうまくいき、収入が得られれば自信になるが、失敗すれば消えてしまう。
それは「他人軸の自信」だ。

しかし、「フロー状態」がくれる自信は違う。
フローとは、「今、この瞬間」を100%楽しんでいる状態そのものだ。 「時間を忘れて夢中になれた」という体験そのものが報酬であり、それは誰にも奪われない「自分軸の自信」となる。

この「自分軸の自信」の積み重ねこそが、「自分は人生を楽しんでいる」という確固たる実感につながる。

50歳から先、何が起きるかわからない。
しかし、「自分は人生を楽しめる」という揺ぎない自信さえあれば、「まあ、なんとかなるだろう」と、何が起きても乗り越えていける気がするのだ。

結論:すべての探求は「妄想遊び」から始まる

では、どうすればその「フロー状態」を見つけられるのか。

「集中法」や「瞑想」といった「手段(プロセス)」に飛びつくのは簡単だ。
しかし、「何を」したいかが無ければ、それは続かない。
だから、私はまず自分に問いかけている。

「俺は、一体何をしたいんだろう?」 「何が自分に適しているんだろう?」と。

だが、ここで大きな壁にぶつかる。
あれこれ思考を巡らせていると、「どうせやるわけでもないのに」「時間の無駄だ」という「妄想遊び」への罪悪感が生まれてくる。

しかし、私はあえて言いたい。
その「妄想遊び」こそが、「〜しなきゃ」という義務感から解放された、最も純粋な「探求思考」なのだと。

「これ、やったら面白いかも」 「こんなことできたら最高だな」

役に立つかどうかわからないことを、ニヤニヤしながら考える時間。
それこそが、「フローの種」が眠っている場所だ。

50歳からの人生、「落ち着いて」しまうのは簡単だ。
しかし、「自分という存在を楽しむ」と決めたなら話は変わってくる。

まずは、他人や「生産性」に遠慮することなく、堂々と「妄想遊び」から始めてみようじゃないか。
このブログも、そんな私の「探求」の一環なのだから。