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思考が止まっていた20代。「深層心理の拒否反応」で再起動した、私の「晩成型」人生論。

思考の秘密基地
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「晩成型」の本当の意味

私は自分のことを「晩成型」だと感じている。

それは「若い頃に芽が出ず、努力で開花した」という単純な話ではない。
むしろ、人生のグラフが一度「停止」し、そこから「再起動」した、「人生の逆転現象」に近い。

前回の記事(「フロー状態」について)で、私は「50歳を目前にしても、自分のグラフは上がっている」と書いた。
この記事は、なぜ私がそういう「探求思考」を持つに至ったか、その「原点」についての探求だ。

【停止期】就職を「ゴール」に設定した20代

多くの人がエネルギッシュな20代前半から30代前半、正直、私の「思考は止まっていた」。

「就職」を仕事人としてのゴールと勝手に設定してしまったのだ。
「あとはのんびり結婚とかして、早く年をとって楽な生活ができたら理想だな」と、思考が「安定」や「現状維持」という名の“ゴールテープ”を切った気になっていた。

(今思えば、多くの人が50代で経験する「落ち着き」を、私は20代で先取りしていたのかもしれない)

【覚醒期】深層心理の「拒否反応」

その「停止」状態が破られたのは、30代後半。「これじゃだめだろ」と、ようやく“覚醒”した。

だが、きっかけは、何か高尚な目標が見つかったといった論理的な判断ではなかった。 むしろ、もっと切実な「身体のSOS」だった。

「表面意識(思考)」が望む「安定(停止)」と、 「深層心理(本能)」が望む「本来の自分(成長)」との間に、 致命的な「ズレ」が生じていたのだ。(そのズレは20代中盤から始まっていた)

深層心理の「ふざけるな!」という拒否反応が、焦りや呼吸の異変といった「身体の不調」として現れた。
「身体の拒否反応に、思考がようやく気づいた」…これが私の「覚醒」の正体だ。

【再起動期】決定打のない「あがき」の積み重ね

覚醒したからといって、すぐに人生が変わったわけではない。
むしろ、そこからが「あがき」の始まりだった。

ポジティブシンキング、うまくできない呼吸法、右脳活性、語学、あらゆる分野の読書、自己啓発…とにかく「いろいろ試した」。

しかし、正直どれも「中途半端」だった。
だから、当時は「これらが効いた」とは到底思えなかった。
「ただ時間が解決した」だけかもしれないし、「たまたま見た動画視聴の気分転換」が良かったのかもしれない。

「これをやったから、自分は変われた」という、輝かしい「決定打」は、残念ながら一つもなかった。

【結論】「今も詰まっている」からこそ、晩成型は続く

このブログのテーマ(「自分という存在を楽しむための探求」)は、まさにここにある。

「晩成型」の「決定打」は、いまだにわからない。
そして、正直に言えば、「今もどこか詰まっている」と感じている。

だからこそ、私の探求は終わらないのだ。

「晩成型」とは、どこかで「完成」する形のことではない。
「自分はまだこんなもんじゃない」という深層心理の声に気づき、「決定打のない探求」を死ぬまで続けると決めた“生き方そのものなのだと思う。

だから、私のグラフは50歳を目前にしても、まだ「上がっている」のだ。